帰る旅 より

 帰る旅

              高見順

 

帰れるから

旅は楽しいのであり

旅の寂しさを楽しめるのも

わが家にいつかは戻れるからである

だから駅前のしょっからいラーメンがうまかったり

どこにもあるコケシの店をのぞいて

おみやげを探したりする

この旅は

自然へ帰る旅である

帰るところのある旅だから

楽しくなくてはならないのだ

もうじき土に戻れるのだ

おみやげを買わなくていいか

埴輪や明器のような副葬品を

大地へ帰る死を悲しんではいけない

肉体とともに精神も

わが家へ帰れるのである

ともすれば悲しみがちだった精神も

おだやかに地下で眠れるのである

ときにセミの幼虫に眠りを破られても

地上のそのはかない生命を思えば許せるのである

古人は人生をうたかたのごとしと言った

川を行く舟がえがくみなわを

人生と見た昔の歌人もいた

はかなさを彼らは悲しみながら

口に出して言う以上同時にそれを楽しんだに違いない

私もこういう詩を書いて

はかない旅を楽しみたいのである

この詩が好きだ。

ホームタウンを離れるとき、この詩を思い出すことがある。

訪ねる先の駅前でしょっからいラーメンみたいな食事ができないものか。

平凡なおみやげをひどく悩んで買い求めようとする中年男がいないものか。

イメージして、イメージして、焦がれるのである。

和多志のはかない旅には、こうした添加物こそが必要なのだ。

あとあとまで保存できるように。

和多志の店じまいまでは鮮度維持に終始していたい。

watanabe3tipapa
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